|
天保6年の減封により
出石領ではなくなった村
|
嘉永4年の村替えにより
出石領ではなくなった村
|
幕末時点で出石領だった村
|
養父郡
|
養父町
(養父市)
|
伊豆村 |
上ヶ村(土田小出氏との相給)
浅野村
上野村(大藪小出氏との相給)
小城村
広谷村
門前村
養父市場村
藪崎村 |
奥米地(おくめいじ)村
鉄屋米地村
口米地村
左近山村
新津村
玉見村
中米地村 |
八鹿町
(養父市)
|
青山村
小佐村(公料との相給)
高柳村(一部収公され相給となる)
上網場村
三谷村
宿南村
|
朝倉村(及び伊佐新田)
浅間村
上小田村
国木村
小山村
坂本村
下小田村
高柳村(減封後の出石領部分)
舞狂村 |
米里(めいり)村 |
大屋町
(養父市)
|
筏村
糸原村
上山村
大杉村
大屋市場村
笠谷村
加保村
蔵垣村
樽見村→村替えにより出石領
中村→村替えにより出石領
中間村
夏梅村→村替えにより出石領
宮垣村→村替えにより出石領
山路村
横行村
若杉(わかす)村 |
|
以下は嘉永4年の村替えにより
出石領に復した村
樽見村
中村
夏梅村
宮垣村
|
和田山町
(朝来市)
|
|
市場村※1
高生田(たこうだ)村※1
室尾村※1
和田村※1 |
※1日本地名大辞典では「元禄年
間から出石領」、歴史地名体系で
は市場村と高生田村は公料との
相給とされる。 |
日高町
(豊岡市)
|
|
赤崎村
浅倉村 |
|
気多郡
|
日高町
(豊岡市)
|
上石村
石立村→村替えにより出石領
池上村
江原村→村替えにより出石領
海老原村
大岡寺村
上郷村東組(西は豊岡→公料)
久斗村東組(西は豊岡→公料)
栗栖野村
国分寺村→村替えにより出石領
比(頃)垣村
(国府)(東)芝村(西は山本小出氏)
竹貫村
太多(田)村
多田屋村※2(現鶴岡)
土居村
道場村
栃本村
名色村※2
夏栗村
祢布(によう)村西組(東は山本小出
氏)→村替えにより出石領
野々庄村
日置村
東河内村
府市場村
堀村(及び新村)
松岡村
万劫村
万場村
水口(みのくち)村
山田村
山宮村
宵田村(及び岩中村・地下村)→村替
えにより出石領 |
※2出石町史第1巻には、小出家
時代から出石領の村と松平家入
部時に出石領になった村のどち
らにも名色村があり、多田屋村
のみがどちらにも記載されていま
せん。よってどちらかが多田屋村
だと思われます。
角川日本地名大辞典の記載か
ら、多田屋村を小出時代からの
出石領、名色村を松平入部時か
らの出石領としました。
角川日本地名大辞典兵庫県日
高町(各近世)
名色村「出石藩→慶長9年和泉
国陶器藩→元禄9年幕府領→同
11年出石藩領→天保6年幕府
領」
多田屋村「はじめ出石藩領→天
保6年幕府領」 |
以下は嘉永4年の村替えにより
出石領に復した村
石立村
江原村
国分寺村
祢布村西組
宵田村(及び岩中村・地下村)
|
竹野町
(豊岡市)
|
椒(はじかみ)村(椒4ヶ村) |
|
|
豊岡市
(豊岡市)
|
上佐野村
加陽村
清冷寺村(及び八社宮<はさみ>村)
引野村
土淵(ひじうち)村
伏村
中郷村 |
|
|
美含郡
|
竹野町
(豊岡市)
|
阿金谷村→村替えにより出石領
芦谷村→村替えにより出石領
宇日村→村替えにより出石領
円通寺村→村替えにより出石領
大谷村→村替えにより出石領
大森村
鬼神谷村→村替えにより出石領
御又村
河(川)南谷(かなんだに)村
河内村
神原村
切浜村→村替えにより出石領
金原村→村替えにより出石領
草飼村→村替えにより出石領
桑野本村
小城村(及び二連原村)
小丸村→村替えにより出石領
下塚村→村替えにより出石領
(浜・奥)須井村→村替えにより出石領
須谷村→村替えにより出石領
須野谷村
田久日村→村替えにより出石領
竹野村→村替えにより出石領
轟村→村替えにり出石領
羽入村→村替えにより出石領
坊岡(ぼおか)村
林村→村替えにより出石領相給
松本村→村替えにより出石領
森本村
門谷村
和田村→村替えにより出石領 |
|
以下は嘉永4年の村替えにより
出石領に復した村
阿金谷村
芦谷村
宇日村
円通寺村※
大谷村(明治以降の東大谷)
鬼神谷村
切浜村
金原(きんばら)村
草飼村
小丸村
下塚村
(浜・奥)須井村
須谷村
田久日村
竹野村
轟村
羽入村
林村(地名大辞典では南の9軒のみ公
料とされる)
松本村
和田村
|
香住町
(加美町)
|
相谷村→村替えにより出石領
余部村(及び鎧村)
奥安木村(及び浜安木村)→村替えに
より出石領
香住村
上岡村→村替えにより出石領
九斗村→村替えにより出石領
訓谷村→村替えにより出石領
小原村
境村→村替えにより出石領
下岡村→村替えにより出石領
下浜村
中野村
七日市村
丹生上ヶ村→村替えにより出石領
丹生浦上村→村替えにより出石領
丹生沖浦村→村替えにより出石領
丹生地村→村替えにより出石領
畑村
土生村
隼人村→村替えにより出石領
一日市(ひといち)村
藤村
本見塚村
三川村
無南垣村→村替えにより出石領
米地村→村替えにより出石領
森村
矢田村
八原村
若松村 |
|
以下は嘉永4年の村替えにより
出石領に復した村
相谷村
奥安木村(及び浜安木村)
上岡村※
九斗村
訓谷村
境村※
下岡村※
丹生上ヶ村※
丹生浦上村※
丹生沖浦村※
丹生地村
隼人村※
無南垣村
米地村
|
浜坂町
(新温泉町)
|
九斗山村 |
|
|
出石郡
|
出石郡内出石領の村は減封及び村替えによる変更なし
(下記の倉見小出領及び矢根銀山付き公料以外の村は出石領)
|
以下は私の覚え書きです。
出石町史の第1巻395P「寛文印知集に見る出石領図」(寛文4<1664>年)には、出石郡に「長谷沢」村が見えます。長谷沢村は単独の村名としては他の資料に出てきませんが、同書のP406に「長谷村沢地106石とされるが、湿地のままで作付けは思うにまかせず」とあり、「年貢が課されないこの地を、長谷村(倉見小出領)の村民が利用していたと思われる」となっています。
角川日本地名大辞典の兵庫県豊岡市長谷村及び香住村(共に近世)には、「元禄元(1688)年長谷村と香住村(出石領)で沢を開き、石高106石」とされていますので、これが長谷村沢地や長谷沢村といわれる地であり、出石町史P429の村高一覧では「長谷沢開106.62石」とされています。長谷と香住の間の沢を開拓していますので、現在の神美台あたりが該当するのでしょうか。
長谷沢の新田開発については、出石町史第1巻のP406及びP413〜414に詳しく書かれています。本稿と直接関係がないので触れませんが、商人資本による新田開発の過程を、その結末を含めて大変興味深く読みました。
|